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2007/06/14  (木) 23:43| 映画感想編集

この土地で、あなたを待つ

お薦め度:.★★☆.
私の中での悪い意味でのフランス映画の典型パターン。
別に国差別をする気はないですし、フランス映画で好きなものもあります。が、料理同様にその風土に根付いた「その国らしさ」と言うものは確かに存在しますし。それを好むかどうかは多分に好みの問題なわけで。

この映画の特色として感じたのは「自然であること・あるがままであること」が何よりも重要視され、作品として主義主張が見られない、という点です。



現実と物語では何が一番異なるのかというと、『主人公は僕だった』でも述べられていましたが主人公に起こる出来事は多かれ少なかれ物語を収束させる必然性が保持されます。

物語として極端な例をあげれば当たり前の主人公が当たり前の日常で当たり前の生活の中での微妙な変化を綴る作品であれば、突然什器が自宅を破壊することなんて話の筋としてはナンセンスです。

もっと微細な例を挙げるなら一人称が、私・ワタシ・あたし・あたい・俺・僕・わし…どの言葉を使うかにも必ずその人物の人となりが影響を及ぼしているはずなのです。あるいは煙草を吸う・吸わない、ファッションの好み、社会的道徳に厳しい・ゆるい等々も同様です。
全てのことが主人公の性格を定義し、その性格ゆえに決定したことが物語を結末へと誘います。

しかし現実はそう簡単なものでは有りません。生まれてからの詳細な記録を全て記述した(それは既に物語の範疇を越えている)としても尚、一個人を限定できるものではありません。現実において犯罪者が犯罪たらしめた所以をだれが明確に語ることが出来ましょうか?

…話が脇にそれてしまいましたが、『フランドル』はその人生の不確定要素が余りにも連綿と綴られた作品でありました。
一貫性もテーマもなく、キャラクターにこれと言った主張もなく、ただ季節と時間は流れ行きます。

ドキュメンタリー映画は基本的にそうですし、フィクション映画でも同じように作られた作品は少なからず存在します。
しかし、製作陣や監督の意見を聞く・議論するのが私の映画鑑賞の流儀ですので、カメラワークの意図も無く、主義主張もなく、自分の目の前につきつけられるような鏡のようなこの映画は私だけが一人芝居を演じているようでどうにも向きません。

「何人か鏡をとりて魔ならざる者ある。魔を照らすにあらず、作るなり。 すなわち鏡は瞥見すべきものなり。熟視すべきものにあらず」斎藤緑雨

…さもなくば「あなたはそう思うのですね。」 療法みたいなものです。

単館作品だけあってロビーには作品紹介を掲載した雑誌の切抜きが多く掲載されていましたが、感想ならまだしも、ストーリー説明やキャラクターの内面の解釈が見事にバラバラだったのは面白かったですね。

日本公開日:2007/04/28 

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詳細情報は以下に。
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【ストーリー】
フランス最北部、フランドル地方の小さな村。少女バルブは、村の男たちとセックスを重ねている。そうした男たちの中に二人の青年、デメステルとブロンデルもいた。やがて男たちは次々と戦争に召集され、どことも知れない戦場へと送られた。デメステルとブロンデルの二人もゲリラ隊として戦地へとやって来た。彼らの戦場での暴力行為は次第にタガがはずれ残忍さを増していく。それに呼応するかのように、故郷に残るバルブの精神は日に日にバランスを失っていく…。
【原作・ノベライズ】
-

【スタッフ・キャスト・他情報】


(2007,06,14)/(中・感想)


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