父親たちの星条旗【スポンサー広告】【映画感想】
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▲父親たちの星条旗

2006/10/27  (金) 00:40| 映画感想編集

戦争を終わらせた一枚の写真。その真実。

父親たちの星条旗 (特別版)
お薦め度:★★
クリント・イーストウッドが余りにも熱心に日本の人々に向かって語りかけるので、それなりに敵国から見た日本に対して何らかの言及があるのかと思ったのですが、そういったものは一切無し。
アメリカ側からの言い分を延々と聞かされる困った映画になっていました。〔長文レビュー有!

日本公開日:2006/10/28 

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詳細情報は以下に。
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「父親たちの星条旗」の「PICO*THEATRE」館内データページ


【スタッフ・キャスト・他情報】
【ストーリー】
アメリカ側の視点から描かれた『父親たちの星条旗』は、歴史上もっとも象徴的なイメージのひとつ、"摺鉢山にアメリカ国旗を揚げる5人の海兵隊員と1人の海軍兵士の写真"のエピソードを基にしている。その写真は硫黄島戦の勝利のシンボルとして、長引く戦争に疲れたアメリカ国民の士気を高めるために利用され、旗を掲げる6人の兵士はたちまち英雄に祭り上げられた。そのなかには、自分が祖国で名を成すことになるとは知らずに写真撮影直後に死んでいった者もいるが、生還した者もシンボルとしてもてはやされることには何の関心も抱かず、ましてや、自分を英雄などとは思わなかった。彼らはただ、名誉とは無縁に戦い、死んでいった戦友たちとともに前線に留まりたかっただけだった。
【原作・ノベライズ】
父親たちの星条旗
ジェームズ・ブラッドレー 大島 英美 イースト・プレス


公式サイト:〔日本公式サイト〕 〔アメリカ公式サイト
原作:父親たちの星条旗
ジェームズ・ブラッドレー 大島 英美 イースト・プレス

原題:Flags of Our Fathers
監督:クリント・イーストウッド/
キャスト:ライアン・フィリップ/ジェシー・ブラッドブオード/アダム・ビーチ/ジェイミー・ベル/バリー・ペッパー/ポール・ウオーカー/ジョン・ベンジャミンヒッキー/ジョン・スラッテリー/

製作:スティーヴン・スピルバーグ/クリント・イーストウッド/ロバート・ロレンツ/
脚本:ポール・ハギス/
撮影:トム・スターン/
美術:ヘンリー・バムステッド/
音楽:クリント・イーストウッド/
衣装:デボラ・ホッパー/

日本公開日:2006/10/28
製作国:アメリカ
時間:132分
製作年:2006
ジャンル:ドラマ/アクション/実話/戦争
製作/配給:ワーナー・ブラザース
備忘録:-

(2006,10,27)/(中・感想)

【関連商品】
しまったしまった
>宇宙人様
しかしイーストウッドはこの脚本家が好きなんですねえ、あの『ミリオンダラー』でアカデミーを取れたのですから好評価なのは当然ですね。

そうそう、途中で切り上げてしまったので、こちらの意図が伝わらなかったらあれなので追加させていただきますと

想像力に限界があるといっても、体験者のみが的確に現状を伝えることが出来るとは思ってはおりませんし、体験していないからといって創作したものが全てまがい物だとは思っておりません。

何事においても「体験したことが無いくせに知った風を抜かすな」と最初から排除してしまうのはどうかと思うのです。
判らないなりに共感したり述べたりする行動する真摯な気持ちは、そうしないことよりもずっといいことです。

「戦争を知らないものが戦争映画を作ってはいけない」「戦争を体験したものだけが本当の戦争映画を作ることが出来る」ことはないはず、です。
結局は、表現するものの表現次第、受け取る側の受け取り方次第だと思います。
2006/11/12(日) 00:56:12 * * ピコシアタ #XAjl2.RA[編集]
>すいません「一般の人々と同様に“記憶”として持たなければならない。」がちょっと
わかりませんでした。「一般」とは体験したもの体験しなかったもの全部ということですか?

分かり難く、申し訳ありません。一人間としてという意味でした。

>あの写真によって象徴化された人物の「個」の部分を描くには彼の死の間際の回想という
方法をとる事が最も有効である…ってことでよろしいでしょうか?

彼の死の間際だけでなく、“生きていた事実の記憶”の回想、
というニュアンスで解釈してもらえればよいと思います。

>でも、それは仕方が無いことです。想像力にはどうしたって限界があるのですから。

同感です。人間の不条理ですね。

>「兵士個人」を描こうとする余り「個人のパーソナリティ」を描くことには
熱心ではないように感じます。

私もそう思います。
原作ではこれでもかというくらい詳細を書き連ねていますが、
映画となると、時間など様々な制約があるでしょうし。
ただ、私の考察でいくとその点に関してもあまり重きを置く必要がなかったのだろう
ということで、納得しています。
私の最初のレスに、描写の相当な取捨選択を感じたと書きましたが、そのことも一つなのです。
原作ではやはり父親を国旗掲揚者に持つ作者の視点が入っていますから、
その点をイーストウッド氏は彼のもつ基本コンセプトのためにうまく濾過したなと、
彼のそういったコンセプトへの拘りを評価しています。

ご推薦ありがとうございます。
「ジョニーは戦場へ行った」は以前DVDで観たのですが、
もう一度観てみますね。
2006/11/11(土) 22:38:55 * * 宇宙人 #-[編集]
ありがとうございました
聞いておいて、このコメント欄って文字制限どうったったんだろうと少々不安になっていました。

えー…すいません。抽象的な言葉が多かったので勘違いしていたらあれなので私なりに受け取った内容を申し上げますと

本国にいる人間は、戦場という大きなくくりでしか想像することができず、個人個人にまで想いをめぐらせることが出来ない。
そのうちに犠牲者・兵士は「個」から逸脱したシンボライズされたものヘを変化し、その最たるものがあの写真だと。

しかし、実際に戦場を体験したものはそうは考えない。
(すいません「一般の人々と同様に“記憶”として持たなければならない。」がちょっとわかりませんでした。「一般」とは体験したもの体験しなかったもの全部ということですか?)
戦争を回想するとき、彼らは「平和の為」だとか「自由の為」(大局)だとかいう茫漠無形ものではなく「ただ友の為に」(個人感情)という想いがめぐり、叶えられなかった苦しみにいつまでも悩まされることとなる。

あの写真によって象徴化された人物の「個」の部分を描くには彼の死の間際の回想という方法をとる事が最も有効である…ってことでよろしいでしょうか?

ものすごくかいつまんでしまいましたが、こんな感じですかね?

おっしゃるように、シンボルというものはその意味するものだけを表現するものであって、それ以外のものは一切削り落とされるものです。
この場合「アメリカの勝利・英雄」というただひとつの事柄が強調され、そのために彼ら三人のパーソナル面・人間性、長い目で見れば生きた人間であることすら忘れ去られてしまった点は関心をよせることであります。

もし監督が『硫黄島からの手紙』も同様のコンセプトで描くとしたら(描いてくれないと困るのですが)手紙を書く兵士と受け取った日本で生活する家族のお話になるのでしょうね。

よくよく考えてみれば、『星条旗』は原作のある作品、『手紙』はオリジナル作品のようですし、脚本家も違うのですから本当の意味で二部作品になるとは考えられず、「二部作品」をいうことで勝手にその点にフォーカスをあててしまったのが私がこの作品をつまらないと感じた最大の敗因のような気がします。

正直なところ私はこの脚本家の『クラッシュ』が不愉快で、最初からあら捜しのつもりで見たものですから冒頭の「戦争を語るものほど戦争を知らない」をいうセリフからして失笑していました。
だとしたら「おためごかしで戦争を語る貴方達こそ、まさしく戦争を知らないのだ」だと。

戦争であれ、いじめであれ、犯罪であれ苛烈な体験したものは体験していないものに「体験したことが無いくせに知った風を抜かすな」と言いがちです。
今注目されているいじめ問題にしてみても、心のケアをする心理カウンセラーですら何をかいわんやなコメントをメディアに提供しています。
でも、それは仕方が無いことです。想像力にはどうしたって限界があるのですから。

宇宙人さまの言葉をお借りすれば、「兵士個人」を描こうとする余り「個人のパーソナリティ」を描くことには熱心ではないように感じます。
『クラッシュ』が「人種」を熱心に描くあまりに「人間の中身」が薄いのと一緒ですね。



…すいません。折角回答してもらったのに自分でも何が言いたいのか良くわからないコメントです。

最近、「最近読んだ本」でお分かりの様に猟奇的犯罪心理に夢中なのですが、寄り道して「ジョニーは戦場へ行った」という小説を読んでいます(映画にもなっています)。第一次世界大戦後に書かれ、戦争時になると度々発禁になるという強烈な反戦小説です。
もし、反戦・戦争映画に興味があるようでしたら一度ご覧になることをお勧めいたします。
2006/11/11(土) 17:01:59 * * ピコシアタ #XAjl2.RA[編集]
返信
このサイトをブックマークさせて頂いていたので、よかったです。
少しくどい文章になるかもしれませんが、コメントさせていただきます。

まず、“個人”というのは確かに戦場にも身を置きましたが、
生き残ったものは、その後の人生も確かにその身で生きています。
この映画はそこに視点を当てているものだと思います。

戦地から遠い大衆は、
そこに厖大な個人の闘いがあることを想像することが難しく、
彼等が戦争や犠牲者について言うとき、
それは大衆を取り巻く一般化された概念となってしまい、
そのうちに戦時の象徴として認識され、
この場合、ヒーローという一元化された概念が生じてしまう。
あの国旗掲揚写真はそうした象徴概念の描写であることは言うまでもありませんが、
つまり、象徴とは、戦場を体験したことのない大衆の認識であると考えます。

しかし一方で、戦場から生き残ったものはそうは認識しない。
一般の人々と同様に“記憶”として持たなければならない。
過去経験した戦争について回想するとき、
友人や仲間の記憶が、我々同様に様々な感情を伴ってよみがえるのだろうと思います。
そこには戦争の大局ではなく個人感情の葛藤がある。
彼等は、戦争が終わろうが、平和になろうが、
大衆が象徴概念によって都合よく回想するのとは違い、
悪夢にうなされるほど、ずっと、ありのままを記憶しなければならない。

これら二つの認識は、個人とそれを取り巻く環境として、
個人を隈どる大きな効果をもたらしていると思われます。
そしてこの認識の違いをもって、
ある退役軍人に“彼等は戦争を知らない”と言わしめるのは、
大衆への戦争の現場への無知ではなく、
戦争での個人に対する盲目であって、
この映画の個人を描こうとする欲求の発露であると思います。

戦場での体験は結局戦争に行ったことのある人にしか分かりません。
しかし、記憶を回想し、時にそれに苦しめられるというような経験は、
誰にでも理解できることだと思います。
私は、イーストウッド氏が表現したいのは“戦争での徹底的な個人である”と書きましたが、
ヒーローとされた人々が我々同様の“個人”であるという認識を強調するためにも、
上のことを考慮すれば、記憶の回想形式がこの場合とても有効な手段であると判断できるのではないでしょうか。
ですから、どのシーンというよりも、その形式自体に個人を描こうとする意図を感じました。

戦場のシーンを時系列に描く形式だけでは、
戦場での個人を知ることはできても、
大衆の象徴概念に対して確かに存在する個人を表現するにはあまり効率がいいとは思えません。
それから、私の書き方が悪かったのかもしれませんが、
決して“アメリカ本土のシーンを多くする”必要性は感じていません。
その点にあまり意味はないと思っています。


以上が私の考えるところです。
質問に対する答えとなっているかどうか不安ですが、どうでしょうか?
長文になってしまい申し訳ありません。
他のレビューも読ませていただきましたが、
視点が面白く、色々と参考になりました。
これからもたまに読ませてくださいませ。
2006/11/09(木) 08:54:50 * * 宇宙人 #-[編集]
質問など
>宇宙人様
貴重なご意見ありがとうございました。
おそらく、この作品が大変高評価だったのですね。

おそらく「つまらなかった」意見なので簡便に書かれたのだと思います。
いくつか質問がございますので宜しければ質問に答えていただけますでしょうか?…って単なる私の独り言になってしまうかも…(汗)

二部作なので…というのはこのさいさておき、単体で見た場合なのですが、
「徹底的な個人」を描くために、何故回想方式をとったり、本土のシーンを多くする必要があったのでしょうか?
リアルタイム形式や戦場シーンが多くても「個人」を描くことが出来ると思うのですが、どのシーンを持ってそう感じられたのか是非教えてもらいたいです。

>kemukemu様
ブログ拝見いたしました。
とても真摯にこの作品をご覧になったのですね。
その姿勢に頭が下がります。
私としてはとても不満の残る作品ではありましたが、こうやって人の心に残る作品がひとつでもあるということは素晴らしいことですね。

コメントありがとうございました。
2006/11/08(水) 23:01:24 * * ピコシアタ #XAjl2.RA[編集]
お知らせ
こんにちは。
大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。
映画「父親たちの星条旗」もとりあげました。
もし、よかったら寄ってみてください。

http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611
2006/11/06(月) 23:19:08 * * kemukemu #-[編集]
mixi足跡からきました
はじめまして、宇宙人と申します。
映画の印象が違うみたいですので、興味深いレビューです。相違を尊重しつつ、私なりの意見を書かせていただきたいと思います。

なぜアメリカ国民の視点が必要か、
なぜ二部作かを改めて考えてみる必要があるのではないでしょうか。
日本からの視点の第二部がまだ上映されていないので何とも言えませんが、
この二つの映画を重ね観たときに最も濃く浮かび上がる主張を、
それら映画の訴えるところの共通項を捻出しなければ、
この映画の本当の判断をしたことにはならない気がします。

内容に関しては原作に比べると、
伝えたいことのために、描写の相当な取捨選択を感じました。
では、その伝えたいことは何かということですが、
私が思うに、イーストウッド氏が表現したいのは、
戦局やヒーローに関わる映画ではなく、
戦争での徹底的な個人ではないでしょうか。
つまり、取り巻く時代・環境に対し確実に存在する個人です。
だからこそ回想形式をとったり、
戦場だけでなく、アメリカ本土でのシーンが割合に多くなったのではないでしょうか。

しかし、全体的に、原作を読んでいないと少し分かりにくいかもと感じました。

厚かましく拙ないコメント、失礼しました。
2006/11/05(日) 08:46:26 * * 宇宙人 #-[編集]
こんにちは
>藤井孝行様
はじめまして。
二部作出なければ「まあこんな主張もあるよね」と済ませる作品なのですが、(いやそんなことないかも、戦争における友情物は美化しすぎのような気がしてしらける時が多いから)、日本の皆さんこれがアメリカにおける硫黄島です、と言われても日本人としてどう対応しろというの…と途方にくれますよね。

>マシャーン様
ぶっちゃけ、全世界の人種が共感できる作品なんてありえないし、そんな日和見映画はとんとごめんこうむるので、こういう「アメリカン映画」もありだとは思うのですけどね。
さすが世界の強国だなあと。こんな非生産なことやっていても戦争には勝てちゃうんだから反省なんかしないわな、と逆に感心してしまいましたよ。
この映画と「パールハーバー」を観た後だと「チーム・アメリカ」がよりもっと楽しむことが出来ます。

>みんと様
いえいえ、映画館での鑑賞歴ようやく五年の何処にでもいる社会人OLです。
あー「さゆり」ですか。あれも不思議な話でしたね。原作がそもそも海外の方なので、原作通りやっていても日本人から見るとおかしなところ満載な映画でしたね。
舞妓さん関連のHPを見たら、感想が載っていたのですが微妙に不満をにじませた文章でした。


「硫黄島からの手紙」はどうなるのでしょうね、日本人はアメリカ兵の国旗掲揚をぼんやりと見つめることになるのでしょうか?



2006/11/01(水) 16:59:55 * * ピコシアタ #XAjl2.RA[編集]
足あとからやってきました。
映画専門家なのですか?
「父親たちの星条旗」見ました。
アメリカ側の戦争?派手なだけだったのでは?これが二部作でなければ後半はよかったのに・・・「硫黄島」はちゃんと日本人見てくれているのでしょうか?
「さゆり」の描写に少し残念さが残ったので。見に行くつもりですが。
2006/11/01(水) 01:06:32 * * みんと #FXbBe/Mw[編集]
日記を拝見して、俄然興味が湧いてきました(笑)
まだ観てないので、評価は何ともしかねますが、アメリカ映画の中には時折、アメリカ人しか共感し難い「思い」とかが込められてる作品があるので、それはそれで興味深いと思うのですよ。ただ、それと作品の価値とは別かもしれませんが。
日本側から観た硫黄島も気になるところですね。アメリカ人が作った、日本兵の映画なのですから。
2006/10/30(月) 17:59:49 * * マシャーン #-[編集]
こんにちは、mixiからお邪魔しました藤井と申します。
試写会行ってきましたが・・・確かにこちらの意見はごもっともな映画でした。
伝えようとした事はわかったような気はしたんですが映画じゃなくても良かったような気もします。ドキュメンタリー番組とか。
硫黄島からの手紙、どうなんでしょうか。予告を見た限りでは微妙な感じでしたが。
2006/10/28(土) 21:42:24 * * 藤井 孝行 #-[編集]

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